揖斐と石

いび石がその庭石の価値を認められて初めて出荷されたのは、今から約80年前の明治の終わり頃です。久瀬村の白倉谷というところから青色を中心とした石を名古屋に出荷したの が始まりだそうです。それ以後、庭石としての名声が上がり、次第に需要が多くなってきました。

揖斐で良質な庭石が採れた理由は、
・揖斐郡の山間部には、質の異なった地層がいくつも入り組んでいるために、1つの川や谷からいろんな庭石が採れる。
(花崗岩・輝緑凝灰岩・チャート・砂岩・頁岩・粘板岩など)
・断層が多く雨の多い地域のために山が崩れやすく、谷や川に庭石が多く供給される。
・川の流れが急なために川底を岩石が転がり、形や大きさが庭石に適した格好のよい石ができやすいため。

このように、揖斐の庭石は河川から庭石を採取できる場所でした。(採取するためには許可が必要で、さらに関係者立ち会いのもと、採取しています)
しかし、川から取りつくし、採取量がほとんどない状態になったため、山の岩盤を崩したごつごつの岩石を機械に入れて転がし、人工的に庭石をつくっていました。
そして、今現在、庭石自体の需要がなくなりつつあり、新たに石を取り出すことはしていないため、庭石は在庫のみとなり、貴重な存在となっています